2007-08-28

プレゼントにまつわるエトセトラ

世間一般からすると、かなり身も蓋もない両親だった、と今でも思う。

いや、ありがたいことに両親共に健在だから、過去形で語るのは間違いなのだが、とにかく両親の顔を思い浮かべた時、まず想起されるのはそのぶっちゃけぶりである。

どのくらい身も蓋もないひとたちであるか、説明するのは容易でないが、例えば私の小遣いなんかいい例だろう。

「小遣い」という単語は、中学校に上がった時、私の辞書から消滅した。月額幾らだったかを基本に、誕生日・お祭り・クリスマスなど諸々のイベントを全部見込んだ「年間予算」が、4月の頭にどかん、と口座に振り込まれるようになったからだ。年俸制である。親戚連中が関わるお年玉こそ別枠でもらっていたが、一年の物的・金銭的歳入はそれでおしまい。現金のやり取りは、ほぼ存在しない。

当然ながらサンタクロースの不在など、小学校低学年の頃には既に認識していた。

そんな家庭なのである。
いやはや、夢もロマンもあったものではない。


だから――というのも大雑把な話だが、私はおよそプレゼントというものに縁がない。

家族内でプレゼントという概念は、まあ小遣いの話から明らかだが、かなり早くに崩壊した。加えて、そんな風な教育方針が逆に効いたのか、我ながらケチに育ったものだからひとにプレゼントをあげない。さらにどう好意的に見たところでモテるツラでもキャラでもない私に、バレンタインその他のイベントは存在しない。
いいとこ、クラス中の男子に作ってきたマメな女の子のありがたい義理チョコを、感涙に咽びつつ頂くのが関の山だ(一部表現に誇張が含まれます)。まあ思えばそれ以前に、不遜にもある種の負け惜しみを込めて、「チョコはもらっても返さない」と宣言していたのだし。

いやいけない、脱線した。プレゼントだ。


そんな私なのだが、なんと今日、友人二人が誕生日プレゼントをくれた。
ああ、私の誕生日、二人とも知っているはずなのだがくれた。

持つべきものは友、とはよく言ったものである。

友人「『ゼロの使い魔』って見てる?」
私「いやー、あんまり趣味じゃないかな。食わず嫌いでさー」
友人「じゃあじゃあ、『リリカルなのは』は?」
私「あー。十話くらい見てみたんだけどねー。つまんないんだこれが」
友人「そっかー」

とまあ、ご丁寧に私のテレビの視聴状況など聞くものだから何事かと思っていたのだが、その答えがまさかプレゼント選びだとは思わなかった。

うん。ありがとう、二人とも。

しかし……どうしてだろう。突っ込みどころしか見つからないのは、気のせいだろうか。

present

野暮な解説はするまい。ああ。

私にどうしろと――!
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2007-08-23

リッチな気分

友人と外食した。

receipt

不覚にもリッチな気分になった。
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2007-08-13

『ひぐらしがなく頃に』『〃解』読了

07th Expansion『ひぐらしがなく頃に』『ひぐらしがなく頃に解』読了。

「右ストレートでぶっとばす」というフレーズは、『幽々白書』だったろうか。その思考を完全に読まれていながら、ひねりなしに右ストレートで敵をぶっとばす、というシーンを連想する。読み終わってみれば本作は、そんな直球ど真ん中の話だった。

感想として主に考えていたことは、作者自身に「おまけ」で思いっきり書かれてしまった。しまったので、書くことはあまりないのだが、そんな私の感想にも一点書かれなかったものがある。

何かに似てませんっけこれ、という印象だ。
しばらく悩んだが、パッケージの絵を見返しているうちに気づいた。
『マブラヴ』だ。

思えばマブラヴの無印とオルタの関係は、本作の出題編と解答編の関係になぞらえられなくもないが、類似点はそれに留まらない。とっつきにくい画風・退屈でどんくさいスタート・語りすぎで興ざめの感が否めないくせに熱い展開・愚直なまでのストレートさ――そして何よりも、ノベルゲームという媒体選択のミスがそっくりだ。

「マブラヴがノベルゲームであること」がミスだと思うのは、ノベルゲームのひとつの限界ゆえだ。本質的に「紙芝居」でしかないノベルゲームに、臨場感を持たせるために多用した大量の立ち絵切り替えが、逆にマブラヴの「紙芝居くささ」を強調してしまっていた。コストを度外視すれば、演出上、あのゲームはアニメであるべきだったのだ。(まあ「紙芝居」という限界自体は、コストとセンス次第で (ノベルゲームの枠内でも) 越えられることを TYPE-MOON や Littlewitch が既に証明しているが、それはさておき)

一方「ひぐらしがノベルゲームであること」のミスは、その文章にある。作者自身が国語力不足を自称している (Read☆みー.txt) というバイアスが私にあるのかもしれないが、それにしても全編通して日本語の間違いがちらつく。百歩譲って文法的・修辞的な違和感を無視するにしても、三人称視点の地の文で "だったのだッ!!!!!" とやってしまう文体は正直私には痛々しい。(ていうかいい加減やめません? そのエクスクラメーションマークのハイパーインフレ) まあ要するに、叙述ではないのだ。「叙述」ではなく「語り」として文章化されている。だから本作は小説(ノベル)としてゲーム化されるべきでない。

強いて言えば、本作の理想の媒体は、演劇ではないかと思う。
次点でサウンドドラマ。
どちらにせよナレーションだらけになるのであまりない形式かもしれないが、とにかくこの地の文を「喋り」でやってほしい。(ゲームでなくしてしまうと、「カケラ紡ぎ」をやる「あなた」がいなくなるが、そこは羽入に代役が務まるはず。というか、私の理解が間違っていなければ、あの場面は羽入がやりなおすところという気もする。メタキャラクタとしてのプレイヤの存在理由がありそうで見当たらない)


逆に言うと、そこさえ踏まえれば――つまり、竜騎士07というメタキャラクタが "口先の魔術師" としてこの物語の語り部をしていると思えば、(それはそれで問題もあるのだが)どうしてどうして引き込まれて読んでしまうストーリーだ。
私のように、ビジュアルではなく、文章で本作に挫折したひとは、ぜひその点留意してやりなおして欲しい。
そう思える程度には楽しめた。


余談。
Frederica はわかったが Bernkastel はなんだ? "魔女" の創作した自称なら、彼女は魅音の "中学生ぶり" をああは笑うまい。何か関係するとしたら羽入かとも思うのだが……。
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2007-08-09

国際交流の時代

90年代以降、インターネット、中でもワールド・ワイド・ウェブの急速な発展・普及に伴い、コミュニケーションのツールは多様化の一途を辿ってきた。電子メール・掲示板・チャット・インスタントメッセンジャ・IP電話……数え始めればきりがない。

当然の帰結として、異文化間にコミュニケーションが生じる機会もまた、爆発的に増大したと言えるだろう。そう、それはサミュエル・ハンチントンの予見した「文明の衝突」であり――つまるとこ私の Skype がひでえ有様である。

なんでさー、午前3時にポーランドから電話がかかってきて、罵声なんぞ浴びにゃならんのだ。

英語なら通じるかと思っても向こうは母国語らしい言葉をばらまくだけだし、発音の問題かと思ってチャットで英語書いてみると返事は「mada faka」だし。これ、多分マザファッカだよな……。

何がふぁっきゅーだ。
しょうがないから逆ギレして、

「ざっけんな日本語しゃべれっつーとんやんけこんタコ。
 マザファッカだあ?
 てめー近親相姦ごときで罵倒できると思ってるようなへたれ文化が生意気抜かしてんじゃねーよ。
 日本人(の一部)なんててめー妹萌えだぞこら。はっ、義妹なんて容赦してねえよ実妹だ実妹。
 血縁なんて背徳感のブースタだっつうのHA☆SA☆MI!
 禁断の愛万歳! 萌えオタひゃっほおおおおおおおお!!」

というような趣旨の台詞を吐こうとしたら、最初の一文辺りで切られた。

言葉一つ通じない連中にも、哀れみの心はあるようだった。
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2007-08-06

アーバン・スタイリッシュ

07th Expansion『ひぐらしがなく頃に解』プレイ中。

私の事情とタイミングがぴったりでちょっと笑ったので、引用。

 引っ越す前は、都会生活に比べ不便なところばかりが目に付き、正直、田舎での生活に関心は持てなかった。

 でもそれに不便を感じたのは本当に最初の数日だけ。
 都会の煤けた便利さなど、ここでの生活に比べたら何の魅力も感じない。

 この歳にもなって、大真面目に水鉄砲で撃ち合いをするんだぜ?
 そんなの都会の連中はやりたくったってできねぇだろうな。

 いや、…やりたくってもできない、じゃなくて、やりたいとも思わない、が正しいんだろう。
 こんな単純な遊びがこんなにも楽しいなんて、気付きもしないに違いない。
――『ひぐらしがなく頃に解』 罪滅し編, 07th Expansion, 2006

はっはっはっはっは。
あめー。あめーよ前原圭一(主人公)、もといひぐらしのライタさん。

ちょうど二週間前、あたしゃ都内某所で水鉄砲の撃ち合いしてきましたぜ。
ちなみに交戦時間実に三十分弱の死闘で、参加者は全員成人。

トカイなめんな。

いやまあ、私は誘われただけだし、お国を聞いてみると全員田舎の出ではあったのだが。
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