2007-09-29

まぜた。

あまりにも汚いトイレに、どこかで辟易していたのだと思う。

新発売、とどかどかと陳列された洗剤を手にとったのは、我ながらごく自然な流れだった。
なんというか、まっくろくろすけもかくや、という黒ズミぶりなのだ、うちの便器は。あのにっくきカビ共、今度こそ撃滅してやります、とばかり私は意気込んだ。
それが確か、先々週のこと。


……だった、のだが、話は唐突に今日に移る。

忘れていたのだ。

意気込みとか言ってたのはどこの誰ですか、と独りで突っ込みを入れたが、しかし、新しいものを試すのは楽しい、というのが私の性分だ。いざ使う段になったら、調子に乗って用法に書いてある1.5倍くらいの分量を使った。

うん、塩素くさい。

我ながら意味不明なところに満足して、ついでにいつも通りに掃除しようと思い立った。
手始めに便器蓋あたりをやっつけようか、とトイレ用掃除シートを手にとる――。


――そして、話はもう少し先に移る。
掃除を終えてしばらく後、用を足そうとした時だ。

微かに、それが臭ってきたのは。

洗剤は効果抜群で、随分と白くなった便器はいいのだが、それにしてもなにやら塩素くさいだけにしては鼻を突く、嗅ぎ慣れない臭いだった。
換気扇つけておきますか、とそこまで考えて。

嫌な予感がした。
既に予感ではない、という矛盾した予感だった。


あの洗剤。塩素系だ。

まぜるな危険、塩素ガス。


しかし、確かにおなじみ「まぜるな危険」の表記はあったが、酸性の洗剤を混ぜた覚えがない。というか、塩素ガスといえば、第一次大戦で大活躍した非人道的兵器の雄っていうか、要するに化学兵器である。チキンの私が他の洗剤を警戒しないわけがないがないのだ。ならどこに混ざるものなどあったか。

と、そこでもう一度嫌な予感がした。

慌ててトイレを飛び出る。
冗談、思わず呟いてしまった。

息を止めて再突入、トイレ用掃除シートの箱を引っつかんでもう一度飛び出る。被疑者、確保――! ていうかこいつしか疑うものがない。とりあえず換気扇をつけて、箱を眺めた。除菌とか消臭とかミントの香りとかどうでもいいことが色々書いてあるが、例の「まぜるな危険」はどこにもない。はずれ、だろうか。

しかし。疑念を捨てきれずに成分表示を眺めて、見つけた。


液性。弱酸性。


じゃくさんせーぇ♪ と、何かのCMのフレーズが頭をよぎった。

脱力しながら、私は頭を抱えた。


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考え直すと恐らく、塩素系の洗剤を流すのと一緒に、弱酸性のシートも流してしまったのが祟ったのだと思う。一歩間違えたらもっと盛大に塩素ガスっただろうと思うと落ち着かない。
いやはや、人生まさか自分が「まぜるな危険」を混ぜる日が来ようとは思わなかった。というか人生、まさかトイレで終わりに近づくとは思わなかった。

なんか今月こんなのばっかだよ、全く。

自覚症状(咳とか吐き気とか)が何もなかったこと、シートの側に警告表示がなかったことから、特に何も処置しなかったが、塩素ガスは本気でやばい。私と同じ間抜けをやらかすひとがいたら、つべこべ言わずに病院行くことをお勧めしておく。一応。
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2007-09-25

現代日本と私

「すくなっ! 風呂用品すくなっ!」

「いや、びびられても。人と比べたことないよ」

「これはなさすぎだろ。シャンプーとボディソープと……なにこれ? 風呂用洗剤? リンスは?」

「切らした。そっちのは古いっていうか多分腐ってる」

「買えよ!」

「まあ、そのうちね」

「あ、そう……。
 って、じゃあお前、洗顔フォーム何使ってんの」

「へ?」

「洗顔フォーム」

「なにそれ」

「マジかよ……? じゃ何で顔洗うの?」

「や、え? 普通にボディソープ?」

「うええ、出たよボディソープ……」

「実家でも昔からこうだったけど」

「え! お袋さんそういうの使わないの?」

「化粧品興味ないし」

「化粧品じゃねえよ!
 つーか、お前さあ、ほんとに現代日本に生きてんのか」

「や、まあ……今佐島君と話せてる以上、恐らく」

「あぁ……。
 わかった。わかりました」

「何よ」

「ちょっと待ってなさい。あー……あった。はい」

「はい」

「あげます。あげますから使いなさい」

「はあ。ありがとうございます」

「うむ」

「……で、何これ」

「見ればわかれよ!」

「うん、グレープフルーツって書いてある」

「洗顔フォームだよ!」

「うまい?」

「ベタなボケはいいよ!」



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というわけで、友人が泊まりにきた。例によって脚色したが、概ねこんなような会話がなされ、そして私は洗顔フォームとやらを手に入れた。文明開化だ。多分。

いやまあ、名前くらいは知ってたんだけど。フォームとか言うもんだから、昔はもっと整形外科的(形成外科的?)な何かを想像していた。なんというか、なくても生活に困らなくて、しかも別に面白くもないものって、どうやって学べばいいんだろうか。

あとどうでもいいんだけど、洗顔フォームってl-メントールが入ってるのが普通なのか? 苦手なんだけど……。
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2007-09-24

逃げも隠れもしないオタ

たまたま機会があって、とある大学の過去の卒論を眺めていた。学部のやつだ。取り立てて目的はなかったのだが、よく見たらすごいのが混じっていた。

序論の書き出しがこうだ。

近年のコンピュータゲームにおける主流なジャンルの一つとして, ノベルゲームが挙げられる.
ノベルゲームとは, (以下略)

あー。あー……。

どうみてもギャルゲオタです。本当にありがとうございました。

いやまあ、真面目に読んでみると、文面の割にはそう突飛な内容ではない(ノベルゲームエンジンのスクリプトを検証するとかそんな話だった)とはいえ。引用しすぎると大学を特定できそうだからあまり書かないが、序論のあたりなんかもうどっからどう考えても本物のオタだ。逃げも隠れもする気配がない。

つはもの、というのはいつの時代もいるのだなあ、と感慨に耽ってしまった。

あとは、

現在のパソコンゲーム市場において, 最も規模の大きいジャンルである.

あーこの当時、まだコンシューマはギャルゲの侵略を受けていなかったんですねー、とか年寄りぶってみたり。
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2007-09-17

奇跡とそれが救わないもの - 『Kanon』観了

京都アニメーション版『Kanon』観了。

原点となるPC版の発売から、気づけばもう8年。『Kanon』である。古典である。
古典であるのだが、とにかく評価が真っ二つに割れる作品、というのが、周囲をサンプリングした私の印象だ。嫌いなひとは徹底的に嫌う一方で、栞原理主義者、とでも呼ぶべき友人がいたりする。周囲に比せば恐らく筋金入りの『ONE』派であるところの私は、どちらかといえば否定派に入るだろうか。

ともかく『Kanon』だ。奇跡にまつわる物語。
賛否両論聞く中で、その点だけは双方の認識に共通する。そしてそれは、私の認識にも少なからず共通する。

「奇跡」の存在を高らかに歌い上げ、そしてそれが決して「全てを救うわけではない」ことを描き出す——それがこの物語だ。

京アニ版全24話を友人たちと通して見て、改めてその考えを強めた。

ぶっちゃけよう。
名雪が不憫すぎるのだ。

そしてそれ——物語上の名雪の不在こそが、この作品の核として形而上学的に存在する。いや、形而上学的って言ってみたかっただけだが。

アニメ各話の構成をざっと思い返してみる。冒頭4, 5話で世界観とキャラの導入を済ませた後、5話ほどかけて真琴編を消化。続く5話ほどで舞編、3話ほどで栞編をこなしつつ、終盤は5話使ってあゆ編に収束して、ラスト1話で大団円。話の厳密な配分はうろ覚えだが、大体こんなものだろう。

ああ。気づいてもらえたかもしれない。

名雪編がない。

いや、ないと言ってしまうのは大げさで、厳密にはあゆ編に混じって名雪関連の大きなイベントも起きる。起きるのだが、一連の流れ(あゆとのキスが一番大きいか)の中で祐一の心情が(外面的にも)確定した後ということもあって、どう考えてもあゆ編の演出材料扱いである。他ヒロインとの扱いの差を鑑みれば、ない、と言い切って差し支えあるまい。

構成を振り返るまでもなく、この物語の中心にはあゆがいるのだ。奇跡の物語である本作において、それは当然の配置である。しかしそれは同時に、物語の中心に名雪がいないことを意味してしまう。

あゆと名雪の願望は、両立しないからだ。

名雪の願いは、言うまでもなく祐一との恋愛関係の確立である(であった)。それは野狐が人間に懐いていたのとも、異能の少女が友達を欲していたのとも本質的に異なる。排他的なのだ。名雪の願望を受け入れてしまうと、あゆ(と祐一)の願望・排他的関係が成立しない。

だから、名雪編がないのはある意味で当然と言えなくもない。徹底的に日常の象徴として描かれる彼女は、奇跡の対立概念とすら言える。


そうなると、疑問として浮かぶのは「何故彼女はヒロインとされたのか」ということだ。

間違ってはならない。アニメでの扱いやゲームのシナリオを見ると信じがたいが、彼女はサブキャラではない。原作でもそこから派生した版でも、ゲーム中ではれっきとした独自ルートを持つヒロインなのである。弓塚さつきではないし芹沢かぐらでもない。

どころか、対外的にはメインヒロインの一角としてすら扱われている。

PC版(Standard Edition)のパッケージに描かれているのはあゆと名雪の二人だし、PS2版も同様だったはずだ。PC全年齢版のパッケージこそあゆひとりだが、公式サイトのトップにはどかどかと二人の立ち絵が並んでいる。逆に言うと、『Kanon』のこの手のパッケージで、この二人以外が表に出ているものを私は知らない。あゆ一人では絵面的に物足りないというのなら、他キャラを持ってくることはできたろうし、一つくらい全ヒロインの集合する絵があってもいいと思うのだが、そういうのも不思議と見ない。(まあ全くないということはないだろうと思うのだが……)
公式サイトと言えば、名雪はキャラ紹介であゆに次いで二番目の位置をキープしていたりもする。

結局、正ヒロインの座こそあゆに譲るわけだが、堂々とそれに続く立ち位置なのだ、名雪は。何故か。

ついでに言うと、独自ルートの存在によって、彼女の祐一への感情が完全に家族愛に変わっているわけではないことが分かる。アニメでは完全に家族愛という方向で消化してしまったが、制作者が最初からそのつもりなら、名雪と祐一が恋愛関係になるルートは存在しなかったはずだ。


また、至極素直に読んで、祐一への想いが最も強いのは彼女ではないのかという気がする。

過去の時点で、祐一に明らかな恋愛感情を表明した、ぶっちゃけ告白した(できた)のは名雪だけだ。そしてそれを全否定されたのも名雪だけだし、さらにその拒絶を越えて好意を抱き続けたのも彼女だけだ。

いや、まあ拒絶云々の部分は譲ってもいい。(過去では出会っていない)栞を除く全員が当時から祐一に好意を抱き続けていたとしよう。それでも名雪が一番過酷な状況で好意を維持していたと思うのだ。

あゆは、夢の中で幸せな記憶を反復していた。
舞は社会性を持たず、佐祐理が現れるまで友人らしい友人もなかったように読める。
真琴に至っては、記憶がすっぽ抜けていて好意と敵意を勘違いする有様だ。

ただ一人、名雪だけが現実を生き、社会生活を営みながら想い続けてきたのだ。
陸上部の部長として後輩からの信任も厚い、そんな描写があちこちにある。
「時間だけが癒せる傷」というまあ凡庸な表現があるが、実際問題「現実」ほど、日常生活ほど人間の感情を磨耗させていくものはない。

それを彼女は越えてきた。

七年前の拒絶の後も手紙を出し、返事をよこさない祐一の忘却を恐れながらも再会を果たした。(言明されるわけではないが、第一話冒頭の彼女の二時間の遅刻は、ただの遅刻ではないのだろう)


奇跡は、その名雪を救わない。

不治の病であるところの栞の病気を根治し、舞と佐祐理を驚異的な速度で回復させ、あゆ自身を生還させた奇跡。だが名雪に関して言えば、母親という無関係な弱点で本来の願望は無効化され、母親を物理的に癒すことでお茶を濁した。


私は、ハッピーエンドを好む軟弱者だ。だが何も、より大きな想いを持った人間がより報われなければならない、などという気はない。しかし、ことここに至ると、彼女はスケープゴートだと思えてくるのだ。そうでもないと、ああまでヒロイン扱いされていることに説明がつかない。ただの脇役で済ませればよかったのだ。

奇跡が、必ずしも全てを救うわけではないことを描くための、スケープゴート。

作中での露出の多さを見ても、名雪は決して脇役扱いで無視されているわけではない。
彼女は作中に明確に存在し、他ヒロインと同じかそれ以上の欠落と願望を抱え、そして救われない。

奇跡は起こる。だがそれは決して、全てを鮮やかに救ってみせるようなものではない——。

『Kanon』は、そういう物語だ。



余談。

私とは見解が違うようなのだが、一緒に見た友人の一人の、ラスト付近での物言いが印象深かった。

「これはもう間違いなく『名雪アフター』が出るね」
「『劇場版名雪』ってまだ? いや『劇場版Kanon』じゃなくて」
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2007-09-15

しぬかとおもった

暑い。

暑すぎる……。

お世辞にも心地よいとは言いがたい眠気の底から、私を引きずり出したのは暑気だった。午前六時四十分、半眼の私に睨まれた時計がそう主張していた。

……六時?

浮かびかけた違和感は、ずきり、という音に遮られたかに思われたが、それは音ではなく私の頭痛だった。どちらにせよ浮かんだ違和感は消えない。台風の話題にニュースが独占されるこの時期。朝っぱら六時からこの暑さはいくらなんでも……とそこでびりっ、と手足に電流が走る。同時にまた鳴ったずき、という音はやはり頭痛による錯覚のようだったが、それにしては随分リアルで、このやたらリアルな暑さに負けず劣らず私を苛立たせていた。

徐々に記憶が戻ってくる。
それにつれて違和感も拡大した。

ああそうだ。
私は確か、イレウスくさい妙な発熱にやられていたのではなかったか。
昨日は出したこともない38.2度の熱に参っていたのではなかったのか。
なのに友人と揉めて、遅くまでネット越しに議論していたのではなかったか。

つまるところ、熱いのは、私の身体じゃないのか。

一気に眼が覚めた。飛び起きかけて頭痛に呻く。慌てて体温計を咥えつつ、本能的にエアコンの電源を入れる。当然冷房、出力全開。

「ち、湯谷のヤツ……」

もごついてみたが、八つ当たりだった。昨日の状況など思い返すのも馬鹿馬鹿しい。どう考えても私の判断ミスだ。
その、昨日の状況を正確に保存して立ち上げっぱなしのノートPCは、ネット接続に異常を訴えていた。大方昨晩の台風でどこかやられたに違いなかった。ブルータスお前もか、とふらつく頭で誤用する。

朦朧とする思考の中で、手足の痺れが脱水症状だと気づくのにしばらくかかった。歩くのが辛いほど酷い症状は初めてだった。ぴぴ、となる体温計を放して烏龍茶をがぶ飲みする。胃に負担をかけないため、布団の脇に常温で置いておいたペットボトルだ。爽快感はない。というかとにかく熱い。

ひとしきり飲んで、そこでようやく体温計の表示を確認した。

40.1度。
40.1度?

認識に数秒を要したと思う。見たことがないものは理解しにくい、というのは本当らしい。熱風呂好きの私にはやや物足りない温度、という馬鹿な解説が聞こえた気がした。

40.1度だ。

何度見ても。デジタル表示は読み間違える方が難しいなんて愛嬌がない、とやはり呆けたことを考えながら、事態を整理する。私はどうやら、体温が40度を越える程度の熱があり、手足に移動が苦しい程度の痺れがあり、意識が朦朧としている――。

汗ばんでいた背中が、一気に冷えた。

救急を呼ぶべきだった。

救急を呼ぶべきだ、という判断力が残っている時点で、救急を呼ぶには早計ではないのか、とどこか冷静に考えるが、冷静に考えるまでもなく、今呼ばないともう呼べないかもしれない、その危機感の方が大きい。

携帯電話を手に取る。
布団の近くにあってよかった、と画面を開いて――硬直した。

圏外。

失念していた。私の部屋は何かの冗談みたいに携帯電話が通じない。やむを得ず普段は、電波の強い通りまで出て電話をかけているのだ。

今の私が、通りまで出向く?

それができるなら救急車のお世話にはならずに済むだろう。といって、独り暮らしの部屋に固定電話などあるはずがない。どうする……。

Skype! ネット環境が切れている。

……体温が、コンマ何度か上がった気がした。

公衆電話。一番近い奴よりまだ通りの方が近い。隣人。両隣は空室だ。その隣は生活サイクルが違うのか、この時間部屋にいたためしがない。

何のことはない、全滅だった。

「嘘だ……」

まるで三流のディストピア小説だ。仮にも地方都市のど真ん中にいながら、誰にもコンタクトできない。

状況が俄かには信じられず、二度三度考え直すのだが、頭痛しか出てこなかった。私の無断欠席に、学校関係者が気づいて安否を確認してくれるとして、それは今から何時間後のイベントだ? 今日が終わるまでに発生するのか? 今日が終わるって、そんなの気が遠くなるような未来だってのに――。

沸騰する私の脳内に残された選択肢は今や、部屋の前に伏して通行人の119番通報を祈ること、それだけのようだった。

酷い冗談もあったものだ。それだけのようだった……?
がくり、と布団に膝をついて、両手をついた。

いっそのことこのまま眠ってやろうか。そんな弱気な気分にもなりかけた。
が、どうせこの熱さでは眠れもしない。
どうすればいい、本当にドアの外まで這っていくか――?

そうやって、布団の上を見回したときだった。

――いや、待て。

散乱する携帯電話やリモコンその他電子機器の間に、唐突に疑問が湧いて出た。

本当に、選択肢はそれだけか?
思い出せ思い出せ、私はいったい何をしていた?

ようやく、というべきか、蒸気機関よろしく頭が回り始める。ああ、そうだ。腐った頭だとはいえ、煮沸消毒ならもう十二分に済ませているのだ。回して回らない道理はなかった。

起きてから、そう、大したことは何もしていない。この体ではできもしない。眼を覚ました。体温を計った。冷房をつけた。烏龍茶を飲んだ――それだけだ。それこそは本当にそれだけだ。

いやしかし。だからこそそれならば……。

賭けられるはずだった。

掛け布団と2リットルのペットボトルを、私は震える手で引っ掴んだ。

――寒。

瞬間、強い寒気に襲われる。
そして発汗。止まらない。止まらない。
見る間に私の体からは、異常な量の汗が噴き出していた。

ショック症状だった。

タイミングがよすぎて考えるまでもない。
真夏の炎天下から冷房の効ききすぎた室内に移ると、気温の変化についていけず倒れることがあるが、ちょうどそれと同じだ。40度を越えている人間が冷房を全開にしているのだから、そりゃそうだろう。炎天下などという生易しい状況ではない。

「……ふう」

声に出して深呼吸をする。発汗は止まるどころかますます激しくなっていた。とにかく焦りを沈めなくてはならない。

ショック症状で恐ろしいのは、気を失うことだ。
大量の発汗で体温が低下し、脈拍が落ちるために意識が保てない。処置を誤れば死に至る。

だから、賭けなのだった。

この異常な発汗で、体温を一気に下げるのだ。しかし失神してしまっては元も子もない――。

どの途、このまま熱が上がれば私は死ぬ。ヒトのタンパク質が42度で凝固するからだ。そこまで行かなくても、41度あたりから後遺症が残る。賭けてみるには、悪くない背水の陣だ。

とはいえ分のいい賭けとも言いがたい。

たとい上がらないにせよ、このまま体温が下がらなければ、恐らく体力の限界で私の負け。といってこのショック症状で、体温が下がりすぎても私の負け。もちろんその前に脱水症状ほかで意識を失っても私の負け。
勝利条件は、意識を保ったまま40度ある体温を平熱にすること。賭け金は命――楽観的に見積もっても、生殖機能くらいは本当にベットされている。

ペットボトルの烏龍茶をくわえたまま、私は今度こそ布団に倒れ込んだ。恥も外見もなかった。布団も私も下着も何もかも汗まみれだった。

今の私に切れるカードといえば、根性と体力と、あとはそう、今死ねるわけがない、その意地だけだ。

ああ本当、死ねるわけがなかった。
こんなふざけた状況、湯谷のヤローに当り散らさずにどうやったら死ねるというのだ。

生ぬるい烏龍茶を流し込みながら、冷房でがんがんに冷えた私の部屋、その何もない中空を睨めつける。
頭痛が一瞬、薄れた気がした。

生きてやる。絶対に生き延びてやる――!



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と、いうわけで生きている。

いや、まあこの文章の間抜けっぷりときたら誇張と演出にまみれているのだが、それにしてもびびりの私は冗談抜き、本気で遺言を考えかけた。肝を冷やした、というよりも、肝が凍った、というよりも、肝は瞬間凍結後粉砕された。

あ、そうだ、湯谷のひとはダシにしてすいません。ひどい扱いなのは、私の精神的な追い込まれっぷりが出したかっただけなので、悪しからず。

あと一言でまとめると、私は生兵法で発熱に対しショック療法を試みて成功したわけですが、よい子は真似しないように。ほんとに。医学的にやってることが正しいのかどうかどころか、本当にショック症状なのかどうかも定かではないので。
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