2008-03-30

失恋賛歌 - 『ToHeart2 -AnotherDays-』再挑戦

私は失恋が好きだ。

理性に阻まれて潰える想いが好きだ。
気付かぬふりをされた胸の痛みが好きだ。
届かぬ言葉を独りつぶやくのが好きだ。
目尻の奥の涙の予感が好きだ。

見当違いな友人の心配が好きだ。
涙をごまかした欠伸のふりが好きだ。
想い人を夢に見るのが好きだ。
目覚めた朝のやるせないため息が好きだ。

冷静で、理知的で、透明で、嘆息しながら嗚咽するような、そんな失恋が大好きだ――!



真面目に少佐の演説をぱくろうかと思ったがすぐに諦めた。どうも面白くならない。
というわけで、Leaf の『ToHeart2 -AnotherDays-』をやり直してきた。

なめてた。正直 ToHeart2 なめてた。途中放棄したとはいえ、まさか本筋をやってなかったとは思わなかった。いやだってあれですよ奥さん、ああも残念なプロローグじゃ仕方ないじゃないですか。二周目以降、最初の選択肢のシーンから始めてたって。タイトル画面の変化なんて気付かねっすよ、ええもうこれっぽっちも。

で、ふたを開けてみればこれが直球私狙いとしか思えない展開・構成なのだから驚いた。『うたわれるもの』といい本作といい、つくづくこのメーカは実らぬ恋が上手い。

しかし本来の『ToHeart2』ファンは全力でキレるという気がしてならないが。マーケティングは絶対間違えていると思う。私の認識する限り、ターゲットはどストレートの萌えオタ、というのがこのシリーズのカラーだ。大体、本作を「ファンディスク」ではなく「続編」であるとしたということは、この「本筋」のシナリオ以外はある意味どうでもいいおまけです、と表明したに等しいわけで。まあ確かに私からみればそのとおりなのだが、大丈夫なのか Leaf 。


余談。

それでもやっぱりこのみ・環編をやる気はちっとも起きないわけだが。
ありゃ「続き」じゃなくて爆裂妄想パラレルワールドじゃねえか……。
ハーレムなら瑠璃・珊瑚編というある意味完成形が既にあるわけだし。
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2008-03-29

『ToHeart2 -AnotherDays-』放棄

Leaf『ToHeart2 -AnotherDays-』途中放棄。

よっち・ちゃる・シルファ・まーりゃんシナリオのみクリア。
最初にやったまーりゃん編でテンションが下がり尽くした私にしては、よくやったと思う。

やった範囲では、次の台詞が一番印象的だった。

「だって、みじめだよ。このみと並べられたら……」
「このみのほうが、かわいいよ……ずっとずっと、かわいいよ……」
 (中略)
「こんなのが、誰かが好きだなんて、好きって思われるなんて、好きだって思うなんて、バカみたいじゃん」
「そんなのジョークにしかならないじゃん……」
――吉岡チエ, 『ToHeart2 -AnotherDays-』, Leaf, 2008

このテの自己否定型って、ガチ非モテからするとすごく感情移入しやすいんだけど、フィクションに出てくるとほぼ確実に報われるよな。というか、報われるだけのスペック(容姿・能力・性格 etc.)を備えた上で、ほとんど無根拠に徹底的な自己否定を抱えている。んで安易な展開だと主人公が受け入れてはいおしまい。いや、報われるなという気はさらさらないんだが……どうにも違和感が拭えない。

それはつまり、そこに描かれるキャラクタの向こうに、描かれることのないキャラクタを見てしまうからだ。プレイヤに受理できないほど無能力な、そしてそれを自覚してしまったキャラクタ――要するに例えばキモオタであるところの我々自身を、フィクションは救えない。どころか、描くことすらできないのではないか。

このような非対称を、私は「フィクションは不細工を描けない」問題と呼んでいる。や、嘘、ごめん、今作った。もっと狭義に「フィクションは可愛くない女の子を好意的に描けない」問題、と呼んでもいいか。うまく言えないのだが、ニュースキャスタの男性がいつもスーツなのに、女性は結構な割合でスーツなんか着てないことへの違和感に関係するかもしれない。可愛くあれ圧力、というか。

なんにせよ、物語られることすら叶わぬものたちを、思わずにはおけない。


余談。

> まーりゃん編でテンションが下がり尽くした私にしては

まーりゃん先輩派の友人が今ごろ発狂してるんじゃないかと思うんだが、そういう話も聞いてないな。私は彼の小暮英麻病を甘く見ていたかもしれない。

余談2。

> このテの自己否定型って、(中略)フィクションに出てくるとほぼ確実に報われるよな。

絶望して、破壊して、最後には受け入れた『CROSS†CHANNEL』の黒須太一は数少ない例外と言えるかもしれない。とうろ覚えで書くのは少々危険だが、まああのゲームが傑作である理由のひとつはその点にあるかと思う。しかしその太一も外見は(自己認識に反して)美男子だな。設定上もそうだし、作中でも冬子が言及していた。

余談3。

> キモオタであるところの我々自身を、フィクションは(中略)描くことすらできない

この点に挑んだ作品として、木尾士目の『げんしけん』は挙げられると思う。
しかし、当初オタクの生態を赤裸々に描きだしていたその『げんしけん』すら、後半で方向転換して露骨に恋愛モノになっていたことは指摘しておかねばなるまい。作者は「物語られえぬもの」オタクを、そのままでは「物語」としてまとめられなかったのだ、と私は捉えている。笹原と荻上の恋愛でヤマを作ることで、はじめて彼らを「物語られうるもの」としえた――。

だがその点を、恐らく作者も自覚していることは、終盤の斑目の扱いを見れば明らかだろう。
斑目は最後まで一歩たりとも立ち位置を変えず、単なる横恋慕を沈黙でもって通した。それ故に彼は作中世界の中心人物にはなりえないわけだが、にも関わらず実質的に第二の主人公と呼べるほど露出が多い。言い換えれば斑目は、恋愛「しない」キャラクタとしてカメラを向けられ続けていた。「しない」という恋愛との逆説的な関わりを強調することで、彼はようやく物語られているのだ。(同じく交際相手のいない久我山との対比に注意。斑目には咲という恋愛対象が存在したが、久我山にはない)
そしてそれは、そのような屈折した手段を持ってしてでも、作者が作中で斑目にカメラを向けつづけたかった、ということを意味する。キモオタ(どう考えても斑目はキモオタだ)という「物語られえぬもの」を描く、その点に挑んだマンガとしてやはり『げんしけん』は挙げられる。
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2008-03-29

Verba volant, scripta volant.

この日記のコメントが幾つか消滅した。

原因不明である。
発言してくださった名も知らぬ皆様には申し訳ない。

友人の開発しているブログエンジンのソースを譲ってもらった先日以来、私もちまちまと私向けのエンジンを作っていたのだが、そろそろ真面目にそちらに移行したほうがいいかもしれない。
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2008-03-18

HTML/CSS を書く上で意識すること

いや、別に美しいコードを書くとかそういう話ではない。

今のうちにさりげなく web デザインについて書いておけ、とメタ私からの要請を受信したので書く((C)友人)。
基本的に「装飾しない」という姿勢の人間が書くのかそれ……と思ったが、まあ私にも一応の方針らしきものはあるのだな。

以下列挙。

色数を抑えろ。
色相の違う色は3種類まで。5色も6色も使いこなせるのはセンスのある奴だけ。例外的に虹色は恐らく私でも使えるが、あのキツい配色を選ぶ必要にかられたことはまだない。

原色を使うな。
red (#ff0000) とか blue (#0000ff) を文字なんかに使うといきなり安っぽくなる。白地の場合特に。黒地に赤とかはベタな反面まとまるから捨てがたいが、いずれにせよアクセントに留めるべき。ちなみにこの日記に白以外の純色は一切ない。

余白を作れ。
レイアウトとは文字を配置することではない、余白を配置することである――とは素人の私見だが。空白の必要性を理解していないと、ぱっと見で構造がつかめない、ごちゃごちゃ汚いサイトになる。
余白を大きくする要因は二つあって、一つは意味的な区切り。無関係な要素の間ほど余白を大きくとる。2カラムのブログなら、記事どうしの間よりも、記事とナビゲーションの間の余白を大きくするなど。もう一つは強調したい要素(見出しなど)。強調度合いが強いものの余白をより大きくとる。極端な話、余白の大きさだけでも見出しは作れる。
行間の調整も忘れないこと。

情報の優先度を考えろ。
まず考えるべきは、そもそもその情報が必要なのかどうか。不要なら削る。
不必要だが見栄え上欲しいという場合は、一目で装飾とわかるようにすべき。映画『マトリックス』には、黒背景に緑字が縦に流れるシーンがあったかと思うが、あれは目立っても装飾だと理解できる例だと思う。
あと文字よりも目につく色の枠線 (border) とか、少なくとも私は作る気がしない。

フォントフェイスを諦めろ。
どうしても厳密に指定したいなら画像を使うほかない。まあ、そんなにアンチエイリアスつきヒラギノがお好きでしたら Mac 以外アクセス禁止にしちゃえばいいんじゃないですか。ハッ。っていうこのスタンス。綿矢りさ。という冗談はともかく、逆に言えば上手い人は上手い感じで画像を持ち込む。私は今のところ真似できない。


なおこのエントリには恐らく、空白が足りない・もっと図を入れて分かりやすくすべき、などの改善の余地がある。と逃げ場を確保しておく。結局のところ私にデザインセンスなどない。
まあ結論するなら、自分のセンスに自信が持てない人間は "Less is More" で通すのが手堅いんじゃないの、というのが私のスタンスといえる。
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2008-03-16

典型的そのうち消しそうエントリ

あーわーうー。

聞いた。修行の類だと思って聞いた。
ああ、五時間分きっちり聞いたとも。
針のむしろとはこのことか。

主に自分について、感じたこと。

  • 普段は自分の思うより低い声が出ているのだが、歌声だとむしろ高くなっている。
    • 結果的に特に男声ボーカルは全て高い方にずれる、という予想外の結果。
    • 高音域の不足の一因はこれか?
  • 声がキモいというか、びっくりするくらいウザいのはもう慣れてしまった。
  • しかし歌い方というのか、声の強弱のような部分がとにかくヘタクソだ。
  • ついでに出だしの音階が全くわからない。音痴・ザ・ど真ん中。
    • 一緒に歌ってるひとに途中からあわせてようやくまとも化する。
  • 友人の音域と声質に嫉妬。
  • 私歌いすぎ。
    • 自分が一緒に歌ってもらいたいひとなので、ひとのも出来るだけノるんだが、メンツ的にノれすぎた。
    • ノりすぎを余裕で許容する友人たちに感謝。
  • 慣れてくるのか、後半は少しマシになっていた。
    • しかし一番外さなかったのはキモ声全開の『Kosmos, Cosmos』ってどうゆうことだ。
    • 次点は『ハナマル☆センセイション』終わりすぎてる。
  • シャドウ・カラオケで歌えると思っても歌えない曲はあるが、歌えないと思った曲は確実に歌えない。
  • 『鳥の詩』はオタ世界の共通言語だな。経験上、ほぼ確実に全員の合唱になる。
    • そのくせ男性には相当厳しい音階なわけで、強制完全燃焼。
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